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五十嵐綾野さんの寺山修司論(連載⑫)

寺山修司と盗作疑惑
五十嵐綾野
寺山修司の名前を聞いて嫌な顔をする大半の人が「盗作」を理由に挙げる。盗作や剽窃といった問題はよく文学で取り上げられる。寺山はただの盗作者だったのだろうか。寺山はあらゆる本を乱読していた。それらから、いろいろな材料となる言葉を抜き出して、組み替える。あるいは自分の言葉を書き足す。そうして作品は作られていったようである。好きな言葉や文章をノートに書き記していたということからも、この作風がわかるだろう。これは今の言葉で言えば、インターネット上でコピーページして文末を書き換えるといったことになる。もし寺山が今生きていたら、と考えると面白くなってくる。
寺山の作品がただの盗作品で終わっていないところに彼の力量が表れていると私は考える。表面的に単純に盗作しただけであれば、世間から忘れ去られた存在になるはずだ。ちやほやされるのは最初だけである。盗用した言葉に、寺山の得意とする東北の湿っぽさを加える。デビュー作をいきなり盗作で発表して、歌壇を騒然とさせた寺山は一種の爆弾である。
よく、寺山の研究をしていると言うと、盗作疑惑について聞かれる。正直に言うと、私にとってそんなことはどうでもいいのである。本人はすでにこの世を去っているうえ、膨大な作品が出版され残されている。今さら細かく批判したところで何も始まらないだろうし、私はやろうとは思わない。専門家にお任せをする。ただ、盗作=ニセモノとしてバッシングする姿勢があまりにも単純でお粗末な印象を受ける。好きな作品からオマージュとして別の作品に仕上げることは本当に悪いことなのだろうか。
一から十まで全て意識して言葉をつなげていったら盗作になる。自然に出てきたとすればそれはその人のものとしていいのではないか。いちいち気にしていたら怖くて、何も書きたくなくなる。寺山自身も、嘘だ、パクリだと言われることに対して喜んでいたような所がある。だから、周りから何を言われても書き続けられた。それが自分の使命であるという強い意志と創作力がなければできないことだ。
寺山のはったりをきかせた文章は、何を書きたいのかわからない時がある。読んでいても頭に入ってこない。「それはおかしい。」と思いながらも、その荒唐無稽の文章に引き付けられる。批評をするときに、遠いところから材料を持ってくる意外性は評価したい。興味の対象が広くないとできないことだからである。
寺山がどのようなやり方で作品を作ろうとも、ひとたび読者の手に渡れば無限の広がりがある。それから何が語りだされるのか。受け止めることが出来るのか。
例えば、悲しい気持ちを他人に伝えようとしたとき、そのまま言っても通じない。話の前後やタイミング、誇張して嘘の一つでも交えて話したほうがずっといい。これは寺山が少年時代に学んだことだった。父親を戦争で亡くし、母親は米軍キャンプへ働きに出てしまい一人ぼっち。家を飛び出すわけでもなく、創作の世界に引きこもってしまった。周囲に上手い上手いともてはやされ得意げになる。生まれたときから、現実を受け入れられず自己否定を続け、嘘をつき略奪行為を働いたことに対して華々しさは感じられない。そこにあるのは深い悲しみだ。
過去の誰かが作り出した作品からエッセンスを取り出す。寺山が自分の主張を加え新しく発表する。読者は受け止める。そのように作品は受け継がれ、今に至っている。『書を捨てよ、町へ出よう』という寺山の有名な言葉も、元はアンドレ・ジッドの警句である。これを知ったとき嫌な気持ちはなかった。なるほど、と元の作品も読んでみたくなった。寺山は自分の作品だけでなく、このように影響を受けた過去の作品まで伝えようとしている。嫌な奴と思うか、なるほどと思うか人それぞれだ。全てきっかけである。
2009年7月24日
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