マンガ論【学生の声】
【マンガ論第11回目。夏休み明け、初回の授業。今日は前期に取りあげた原作「罪と罰」を改めて考える。主人公ラスコーリニコフの「俺にあれが出来るだろうか」というセリフを手掛かりにして、小説が書かれた当時の時代背景やドストエフスキーについてより深く読み込んでいった。なお、次回は日野日出志「蔵六の奇病」を取りあげます。】
出席者63名中13名
ドストエフスキーが「あれ」を使っていた意味を今日やっとわかった。現代のように自由に表現できない中であれほどの大作をつくるのはすごいと思った。(文芸学科1年・井上葉子)
小さい頃から、学生運動や革命(?)に興味を持っていました。きっとそういう激しさがこの時代にあれば、「生」への実感が得られただろうなーとも思わなくもないですが。「死」や「無」を静かに感じながら、生きる現代の中に楽しさを作り出す方が、私はけん実で永久なるものになってくんじゃないかなーと思いました。(演劇学科3年・木村日未子)
初めのころの授業でラスコーリニコフの「あれ」が皇帝殺しを指すと聞いたときは、そんなものこじつけだろうと思っていたが、夏休みに罪と罰を読み返し、今回の授業を改めてうけてみると納得ができた。どれだけの事が罪と罰の中に織り込まれているのかと、興味が湧いた。(映画学科2年・本多正樹)
「人間はなぞだ、それを解き明かすために一生をささげる」その言葉に僕は深く共鳴した。人間の能力は未知で無限の想像力を人間は持っている。人間のなぞがとけることはあるのだろうか。僕はそのときたい気持ちとあきらめの両方をもっている。(文芸学科1年・刀祢平友也)
革命家とは凄い人だなあ…と思いました。自分の信念を貫く事が出来て、見習いたいです。でも、最後の叫びの時、太鼓で声を消されてしまうのは悲しいと思いました。私も人間の神秘を文芸で表したいです。(文芸学科1年・高澤美南海)
小説と史実をリンクさせるととても劇的なのだなと思いました。この時代のロシアに限定すれば、先生は、どんな世界史の先生よりもおもしろいかもしれないです。(文芸学科1年・小髙大輔)
革命にかぎらず思想は怖いものなのだと思いました。現代で私たちは思想や言論の自由を保証されていますが、その自由はときとして自己や他人を傷付けるからです。今の私には革命を起こす程の理想はありませんが、やはり表現したいものはどれだけでもあふれてきます。その表現が武器になりうることを忘れずに、表現を続けていきたいです。(放送学科 一年 多田 さおり)
1つの作品に対してアツく語れる先生がすごいと思った。自分もそうやって語れるくらいに作品を読んで追求していきたい。(文芸学科一年 小山 紗季)
文学をやるということは、苦しみ悶えながらやるものなんだと、ということを改めて理解しました。(文芸学科一年 佐滝 忍)
「罪と罰」夏休み中必死で読んだお陰で前よりも講義の内容が理解出来て良かった。読んでから授業をうけて先生の罪と罰への熱が本物だと悟った。(文芸学科一年 高居 らら)
先生の一言一言が胸につきささりました。(演劇学科二年 富田 麻未)
とけないものに向かってしりぞかないと言った時、カッコイイと思いました。(文芸学科一年 副田 康平)
私は「罪と罰」をただ読んでしまっただけのように思いました。ラスコーリニコフのいう「あれ」にそこまで深い意味が含まれていたのかと、先生の話をきいて驚きました。(美術学科二年 折原 由佳)
2007年10月01日
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