マンガ論【学生の声】
【マンガ論第十回目。今回は小説、マンガ、それぞれの『罪と罰』を徹底比較。省略された人物、エピソード、マンガ的表現について考える。】


※以下の2冊の本を試験(7月24日実施)までに入手し、読んでおくこと。
(所沢購買、江古田校舎前「根元書房」、Amazon.comなどで入手できます)
清水正『実存ホラー漫画家 日野日出志を読む―母体回帰と腐れの文学』(D文学研究会)
清水正『『マンガ論』へようこそ』(D文学研究会)
出席者131名中 18名
登場人物の名前にまで意味が込められているのだから、とても奥深い作品なのだなと思いました。また、文章で表現できる内容とマンガで表現できる内の違いも興味深いなと思いました。(吉井あゆみ・文芸学科1年)
ソーニャとラスコーリニコフ二人だけのただの会話と思っていたのに、そこにキリストの姿が現れてくるなんて想像もつきませんでした。びっくりです。もっと想像力を働かせて読まねば…と思いました。(関口真由・文芸学科1年)
「ソーニャは身体を売ったのではなく、キリストに全身全霊を捧げた」という解釈が面白かったです。(河辺玲・文芸学科1年)
原作を読んでいた時にラスコーリニコフの「アレ」という言葉に殺人以外の意味があるような気がしていたけれど、復活なんて深い意味があったんですね。驚きました。(柿沼彩香・文芸学科1年)
裏の裏まである…というか、ソーニャのキリストにささげたという解釈にはなるほど!!と思った。(渡邉小百合・演劇学科2年)
文学の映画化と同じで文学の完全なマンガ化というのは無理だと思った。(木村明代・映画学科2年)
手塚治虫の「罪と罰」は確かに省略しすぎている。しかし、「罪と罰」という本の存在を認知させたという役割は大きいと思う。(藤井聡史・映画学科2年)
今日の先生の話も興味深かったです。もっと先生の話を聞きたいのに90分は短いー。(西村優佳子・放送学科1年)
ドストエフスキーの原作は途中途中は少し読んだのですが、読めば読む程ムズカしいと感じます。手塚おさむのマンガを読むまで原作の小説は手に取ったコトがなかったので、こんなに小説とマンガとギャップがあるとはおどろきです。(浦井里恵・デザイン学科3年)
罪と罰はやはり原作と手塚さんの作品とではものが違うと思った。手塚さんはなぜもう少し頑張らなかったのだろうかと思った。(益田勇気・文芸学科1年)
手塚治虫はずいぶんと省略したアレンジにしてしまったのだというのが分かりました。もうこれは別な作品なのかもしれません。(隅野潤・文芸学科2年)
今回のマンガ論は今までの中で一番むずかしい内容でした。大学受験の時に倫理をやっていたのでハイデッカーは知っていましたが、まさかドストエフスキー(しかもマンガ論)で関係してくるとは思いませんでした。生と死、宗教の問題とても深い問題で、私は少ししか理解できなかったです。これからもう少し勉強して、ちゃんと理解できるようになります。夏休みにドストエフスキーを読んでモンスター(ウラサワの)との関係を考えたいです。(吉田恵里香・文芸学科1年)
ソーニャがまさか信仰を通してキリストに処女をささげていたとは思いませんでした。あと、原作でのキリストへの信仰告白はなんだかとても神秘的でした。(奧田千晶・文芸学科1年)
マンガと小説では、やはり受け取るもの感じる事、雰囲気全てが違うのだと思いました。(林洋沙・映画学科2年)
手塚ほどの天才が「罪と罰」の重要なシーンをマンガで省いてしまうなんて…。びっくりだし、ちょっとショックだ。(谷鹿夏希・映画学科2年)
「罪と罰」を理解するのに一生、いやそれ以上かかるときいて…読んで大丈夫なのかなと一瞬思ってしまいました。宗教的なコトまででてきたので余計に奧ぶかいとおもいました。(田原幸枝・デザイン学科3年)
ドストエフスキーの作品は聖書を読んでいなくてはわからないなと思った。(綿田友恵・文芸学科2年)
たかがマンガじゃないかと言って分析することを否定する人がいるけども僕はこの授業に出会ってからものの見方が変わりました。マンガでも芝居でも映画でも深く読めば面白い!この見方にハマりました。(中島輝行・演劇学科2年)
2006年06月26日
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