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2004年8月 アーカイブ

2004年8月 3日

清水正の遠藤周作論(1)「遠藤周作はキリスト者なのか」

遠藤周作はキリスト者なのか、それとも小説家なのか。遠藤周作はキリスト教信者であると同時に小説家なのであろうか。わたしは宮崎駿、今村昌平、土方巽の本を出した時に、「母性とカオスの~」というサブタイトルをつけた。遠藤周作論も、当初は「母性とカオス」シリーズの一冊として考えていた。そのとき「母性とカオスの信仰」か「母性とカオスの文学」かで迷った。未だにこの迷いは続いている。

 『沈黙』論をお読みいただければ分かるように、わたしはロトリゴの転んでも棄教していないなどという論理は欺瞞の最たるものだと思っている。ロドリゴの転びをも許容する〈信仰〉を信仰と言えるのであろうか。もしそれをも信仰と言うのであれば、この世のどんな卑怯者も信仰者ということになってしまうのではないか。

 

わたしはロドリゴの〈信仰〉に苛立ちを覚えながら、しかし同時に『罪と罰』のマルメラードフやソーニャのことを思っていた。マルメラードフはロクデナシである。自分の実の娘ソーニャを銀貨三十ルーブリでイヴァン閣下に売り飛ばしてしまうようなロクデナシである。が、この男はそのことに誰よりも苦しみ続けた。彼はこんな自分を「豚でない」と断言できる者はいないだろうと言う。彼は自分を犬畜生にも劣るロクデナシだと思っている。しかし、この男が、にもかかわらず、否、それだからこそキリストを求めている。
こんなロクデナシをも救ってくださるキリストを求めているのだ。

 ソーニャは淫売婦となった。彼女が一日に何人の男たちを相手にしていたのか、どのような関係を取り結んだのか、ドストエフスキーはいっさい書いていない。読者はただ、ソーニャが一家の犠牲となって自らの体を売らなければならなくなったという、その事実だけを報告される。ソーニャは自分の行為に〈罪〉を感じ、キリストに救いを求めている。

酔いどれのマルメラードフも、淫売婦のソーニャもキリストを必要としている〈信仰者〉なのである。
 ロドリゴもキリストを必要としている。その点ではマルメラードフやソーニャと同じである。しかし、どういうわけかロドリゴには嫌悪を感じる。彼は自分の欺瞞や卑怯を弁解し正当化するようなあつかましいところがある。彼は自分の破廉恥を深く自覚し、そのことに苦しんだであろうか。マルメラードフやソーニャからは伝わってくる〈苦しみ〉や〈悲しみ〉が、どうしてロドリゴからは伝わってこないのであろう。

 遠藤周作はキリスト者というより、母親教の信者のように思える。遠藤周作がロドリゴやキチジローに体現した〈転び〉を重ねながらの〈信仰〉は、父性的な厳しいキリスト教の信仰とは相容れない性格を持っている。遠藤周作は母親から一方的に与えられた〈だぶだふの背広〉(キリスト教)を終生、着続けたことは確かである。が、この〈背広〉を着続けたということは、遠藤周作が〈母親〉を終生大切にしたということであって、彼が〈キリスト者〉であったという証にはならないのではなかろうか。

 遠藤周作は日本の土壌に根付く〈キリスト教〉があってもいいと考えていた。それは『沈黙』で体現された踏絵を何度踏んでも許される〈信仰〉、転んでも棄教したことにはならない〈信仰〉を許容する〈キリスト教〉ということになるのであろうか。

 隠れキリシタンは文字通り〈隠れ〉ている。転んでも棄教していないキチジローやロドリゴは〈隠れ〉ていなければならない。本来、疚しさを内に抱えて、隠れていなければならない〈信仰者〉が、自分の〈信仰〉を表立って主張すれば、卑怯者が自分の卑怯を正当化したと思われても仕方ないだろう。ロドリゴにどうしようもなく感ずる嫌悪はおそらくここに因る。

 遠藤周作をキリスト教信者と見ると、たいていの日本人はその中に含まれてしまうだろう。なにしろ遠藤周作は卑怯、卑劣をも許し、包み込んでくれる母性的な神を求めているのであるから。しかし、母性は残酷で厳しい側面も備えている。キチジローやロドリゴの卑怯と甘えを絶対に許さない母性もある。

 キチジローは〈弱か者〉に開き直り、ロドリゴは転んでも棄教していないと言い張る。こういった卑怯者たちの内面は、まさにぐちゃぐちゃの泥沼であり、井上筑後守の言ったキリスト教が決して根付かぬと言った日本の風土そのものを体現している。

清水正の遠藤周作論(1)「遠藤周作はキリスト者なのか」

遠藤周作はキリスト者なのか、それとも小説家なのか。遠藤周作はキリスト教信者であると同時に小説家なのであろうか。わたしは宮崎駿、今村昌平、土方巽の本を出した時に、「母性とカオスの~」というサブタイトルをつけた。遠藤周作論も、当初は「母性とカオス」シリーズの一冊として考えていた。そのとき「母性とカオスの信仰」か「母性とカオスの文学」かで迷った。未だにこの迷いは続いている。

 『沈黙』論をお読みいただければ分かるように、わたしはロトリゴの転んでも棄教していないなどという論理は欺瞞の最たるものだと思っている。ロドリゴの転びをも許容する〈信仰〉を信仰と言えるのであろうか。もしそれをも信仰と言うのであれば、この世のどんな卑怯者も信仰者ということになってしまうのではないか。

 

わたしはロドリゴの〈信仰〉に苛立ちを覚えながら、しかし同時に『罪と罰』のマルメラードフやソーニャのことを思っていた。マルメラードフはロクデナシである。自分の実の娘ソーニャを銀貨三十ルーブリでイヴァン閣下に売り飛ばしてしまうようなロクデナシである。が、この男はそのことに誰よりも苦しみ続けた。彼はこんな自分を「豚でない」と断言できる者はいないだろうと言う。彼は自分を犬畜生にも劣るロクデナシだと思っている。しかし、この男が、にもかかわらず、否、それだからこそキリストを求めている。
こんなロクデナシをも救ってくださるキリストを求めているのだ。

 ソーニャは淫売婦となった。彼女が一日に何人の男たちを相手にしていたのか、どのような関係を取り結んだのか、ドストエフスキーはいっさい書いていない。読者はただ、ソーニャが一家の犠牲となって自らの体を売らなければならなくなったという、その事実だけを報告される。ソーニャは自分の行為に〈罪〉を感じ、キリストに救いを求めている。

酔いどれのマルメラードフも、淫売婦のソーニャもキリストを必要としている〈信仰者〉なのである。
 ロドリゴもキリストを必要としている。その点ではマルメラードフやソーニャと同じである。しかし、どういうわけかロドリゴには嫌悪を感じる。彼は自分の欺瞞や卑怯を弁解し正当化するようなあつかましいところがある。彼は自分の破廉恥を深く自覚し、そのことに苦しんだであろうか。マルメラードフやソーニャからは伝わってくる〈苦しみ〉や〈悲しみ〉が、どうしてロドリゴからは伝わってこないのであろう。

 遠藤周作はキリスト者というより、母親教の信者のように思える。遠藤周作がロドリゴやキチジローに体現した〈転び〉を重ねながらの〈信仰〉は、父性的な厳しいキリスト教の信仰とは相容れない性格を持っている。遠藤周作は母親から一方的に与えられた〈だぶだふの背広〉(キリスト教)を終生、着続けたことは確かである。が、この〈背広〉を着続けたということは、遠藤周作が〈母親〉を終生大切にしたということであって、彼が〈キリスト者〉であったという証にはならないのではなかろうか。

 遠藤周作は日本の土壌に根付く〈キリスト教〉があってもいいと考えていた。それは『沈黙』で体現された踏絵を何度踏んでも許される〈信仰〉、転んでも棄教したことにはならない〈信仰〉を許容する〈キリスト教〉ということになるのであろうか。

 隠れキリシタンは文字通り〈隠れ〉ている。転んでも棄教していないキチジローやロドリゴは〈隠れ〉ていなければならない。本来、疚しさを内に抱えて、隠れていなければならない〈信仰者〉が、自分の〈信仰〉を表立って主張すれば、卑怯者が自分の卑怯を正当化したと思われても仕方ないだろう。ロドリゴにどうしようもなく感ずる嫌悪はおそらくここに因る。

 遠藤周作をキリスト教信者と見ると、たいていの日本人はその中に含まれてしまうだろう。なにしろ遠藤周作は卑怯、卑劣をも許し、包み込んでくれる母性的な神を求めているのであるから。しかし、母性は残酷で厳しい側面も備えている。キチジローやロドリゴの卑怯と甘えを絶対に許さない母性もある。

 キチジローは〈弱か者〉に開き直り、ロドリゴは転んでも棄教していないと言い張る。こういった卑怯者たちの内面は、まさにぐちゃぐちゃの泥沼であり、井上筑後守の言ったキリスト教が決して根付かぬと言った日本の風土そのものを体現している。

2004年8月19日

清水正の遠藤周作論(2)「『深い河』と遠藤周作の人柄」

わたしは『沈黙』論と『真昼の悪魔』論を書きおえてから『深い河』を読んだ。この遠藤周作の最後の小説に期待するものを感じたからである。しかし期待は裏切られた。この小説は緊密度に欠けた「浅い河」にとどまっている。『深い河』を絶賛する者がおり、遠慮があって中途半端にほめる者がいる。特に遠藤周作と生前交友関係を持った人達にそれを指摘することができる。

 『遠藤周作のすべて』(文藝春秋編 文春文庫 一九九八年)に収録された追悼文を読んでいると、遠藤周作がいかに友人や弟子たちを大切にしていたかが分かる。遠藤周作は良き生活人でもあったということだろう。しかし小説の評価は現実生活における作家の人柄で割引するわけにはいかない。この本に収録されたものに限れば、三浦朱門と中村真一郎が『深い河』に関して冷静な評価を下している。

 三浦朱門は鼎談「遠藤周作 信仰と文学」(安岡章太郎/三浦朱門/井上洋治)において「意図はよくわかるけれども、成功しているかどうかというのは別だとし「時々絵解きになっている」と指摘している。中村真一郎は鼎談「神の領域」(中村真一郎/矢代静一/北杜夫)において『深い河』の神父はもはやカトリックではないと断定した後で「僕はあれを読んで一番感じたのは、体力の衰えだな」「文学的には充分成功してないよね。宗教的には、言いたいことは言い切っているけども、そのプロセスが、文学的に説得的なまでには表現されてない」と指摘している。

 中村真一郎はジュリアン・グリーンやロマン・ロランがカトリックになる前にインドのラマクリシュナの信徒であったこと、ラマクリシュナの考えはカトリック、回教、仏教をも含む普遍的な立場に立っていることを紹介し、『深い河』は「完全にラマクリシュナ」だと断言している。

 中村真一郎は遠藤周作にカトリックへの入信をすすめられた経験を持っているが、「戦いと和解と」(「文學界」一九九六年十二月)の中で「私は彼のそのカトリックの教義を異常にまで拡大してみせる態度に、単に私を説得するための方便ではなく、真剣にそう考える傾向があり、それが彼の日本人的な優しさの本質に根差しているが故に、正統的な信仰に対する離反であると、教会の保守的な立場からは異端視されはしないかと、ひそかに惧れた。/それは彼が小説『沈黙』を発表するに及んで、現実のものとなった」と書いている。彼は遠藤周作のカトリックを正統カトリックとは見ていない。グリーンやロランがカトリックに回心した時、彼は再び遠藤周作に入信をすすめられるが「長い伝統を持つカトリックの国に生まれ育った彼らが回心するのは自然の成り行きであるが、汎神論的無神論の日本の風土に育った私には、やはり仏教的な慈悲に通じる聖者の下にある方がふさわしいし、心がやすまる」と答えている。彼にすれば遠藤周作は『深い河』においてカトリックの境界を踏み越えて仏教的な慈悲の方へと近づいているのである。

清水正の遠藤周作論(3)「遠藤周作とドストエフスキー」

遠藤周作とドストエフスキーの関係については、加賀乙彦が「遠藤周作さんと私」(「新潮」一九九六年十二月)の中で「いつだったか「ぼくはドストエフスキーが嫌いでね、面倒くさくて終りまで読めないよ」と言われたことがある。私は驚いてやぼな反論だったが、「そうですかね。あんなに面白い小説はないと思いますがね」と言った。そういうとき、論争をせずに黙ってしまうのが遠藤さんの常だった」と書いている。弟子の加藤宗哉は「わが師 遠藤周作」(「小説新潮」一九九六年十一月)で、遠藤周作が「人生の苦悩を一身に背負った感じの、いかにも文学青年といったタイプは苦手なんだ」と言っていたことを書いている。

 遠藤周作はドストエフスキーもドストエフスキー好きの文学青年も嫌いであったのかもしれない。しかし、遠藤周作が神の存在をめぐって生涯を苦しみ抜いたドストエフスキーを意識していたことに間違いはない。

 遠藤周作にまとまったドストエフスキー論は一編もない。ただ河出書房版ドストエーフスキイ全集の月報に寄せた「ドストエーフスキイと私」の短い一文があるのみである。彼は次のように書いている。

 残念なことには今の私はドストエーフスキイのいかなる作品を読んでも一読者としては圧倒されるだけで終り、そのために原稿用紙を拡げたくなることはなくなった。それはロシアと日本の精神風土や世代や環境の違いということもあろうが、正直いえば「歯がたたぬ」という感じがするからである。私にはシベリア流刑のような経験もないし、それに何よりも死刑台に並ばされて、その直前で救われたという怖ろしい経験もない。『カラマーゾフの兄弟』や『悪霊』のような根源的な観念をまるで核の分裂のように吐きだせる人物を今の私の力倆ではとても、創作できるとは思えない。

  二十年近く前にリヨンにいた頃、むし暑い夏休み、私は仏訳で『悪霊』を読んだことがあった。学生時代、米川正夫氏の訳でこれも河出書房版のドストエーフスキイ全集を拡げて以来の経験であった。その時『悪霊』のなかの「スタヴローギンの告白」に眩暈のするような感動をおぼえ、『白痴』のうまさに舌をまいた。学生時代は訳もわからず、義務のようにめくっていた頁が、改めて新しい光をあてられたような気持ちだった。小説技術的にも何とすごい作家だと思った。

  その時はいつか、自分もドストエーフスキイのような小説を書くべしと思った。しかし、思えばそれは、こわいもの知らずであった。以来二十年、私ができたのは、結局、私の理想的人物を描いた作品に『白痴』からヒントをえた『おバカさん』という題名を与えたぐらいであった。

  だからと言って、私がドストエーフスキイの作品と無縁だというのではない。リヨンの夏休みに「スタヴローギンの告白」を読んで以来、あのような小説を書きたいという気持ちはやはり心の奥に燻っているようだ。しかし、まだとても手をだせない。私も多少は小説家なので、その怖さと自分の力倆を知っているからである。

(『遠藤周作文学全集13』(54~55頁)。初出は河出書房新社刊『ドストエーフスキイ全集』月報 一九六九年八月)

 日本の小説家でドストエフスキーを読んで「これぐらいの作品なら俺にも書ける」と思った者がいるのだろうか。若い頃からドストエフスキーに心酔し、研究会まで作った坂口安吾は『悪霊』に影響されて『吹雪物語』を書きはじめたが、途中、自分の才能に絶望して中断を余儀なくされた。横光利一もまた『悪霊』に圧倒された小説家である。わたしは日本の小説家の中では特に三島由起夫と遠藤周作がドストエフスキーをかなり意識して、直接的な発言を控えていたと見ている。日本の小説家の大半はドストエフスキーを読んではじめから「歯がたたぬ」と思っているのではなかろうか。「こわいもの知らず」の青年時代はともかく、ドストエフスキーの〈怖さ〉と〈自分の力倆〉を知っている小説家は、口が裂けても「ドストエフスキーを越えた」などとは言わないだろう。

 遠藤周作は正面切ってドストエフスキーと戦う途を回避して、『真昼の悪魔』のようなエンターテインメントの作品において『悪霊』をとりあげている。本書で指摘したように『真昼の悪魔』の女主人公の『悪霊』の読みは浅く、作品自体も『悪霊』に遠く及ばない。わたしは『真昼の悪魔』論で遠藤周作の小説よりは、再読した『悪霊』やカミュの『異邦人』のすばらしさに改めて感動した。純文学とエンターテインメントを書き分けた小説家・遠藤周作の姿勢そのものを問いたい気持ちにもかられた。

2004年8月20日

清水正の遠藤周作論(4)「憧れのドストエフスキー」

遠藤周作は佐藤泰正が聞き手となった対談『人生の同伴者』(平成七年四月 新潮文庫)の中で「モーツァルトを聞いてて昼二千人もガス室へ送れるという人間の不気味な矛盾を書いた作家は、ドストエフスキイではないでしょうか。ドストエフスキイがああいうふうな人間のもっている矛盾を大天才の力で書きましたけれども、われわれぐらいな小説家だとそれをずっと薄めてしまって、それをキリスト教文学というふうに言ってしまう。けれどもドストエフスキイは、たとえばスタヴローギンの告白みたいなもの、少女を強姦して、それが便所で自殺するのをこちらでじいっと時計を見ながら、それを知りながら坐っている状態というのを『悪霊』で書きましたね。同時にスタヴローギンは素晴しい知能の持ち主である。ああいう素晴しい善人が同時に悪いこともできるという人間の心の矛盾を、戦後文学の人たちが後輩に残してしかるべきだったとおもいますが、それがいまの文壇では消滅しちゃいましたね」と語っている。

 遠藤周作は『悪霊』で〈スタヴローギンの告白〉を書いたドストエフスキーにすっかり兜を脱いでしまっている。彼は自分を〈われわれぐらいの小説家〉の範疇に収めて、〈大天才〉のドストエフスキーと真っ向勝負することを回避する。〈自分の力倆〉を知った遠藤周作の発言は極めて謙虚で、そこには彼の文学の本質的な問題が潜んでいる。遠藤周作は「デモーニッシュなものは書けるが、サタニックなものは書けない」と言っている。スタヴローギンの少女凌辱と自殺への追い込みはまさにサタニックな行為と言えよう。私見によればスタヴローギンは自らを沈黙の神に擬した実験を試みたのであるが、遠藤周作にそういった大胆極まる実験を主人公に施すことはなかった。『真昼の悪魔』の女主人公はいかにも〈人工的な悪魔〉の次元にとどまっており、スタヴローギンのそれと比較するのもはばかれる。

 

佐藤泰正は「遠藤さんがモーリヤックをおっしゃる、グレアム・グリーンをおっしゃるけれども、いちばん根っこにはたぶん若い時にお読みになったドストエフスキイがあって、もう一度いま改めて『スキャンダル』を書こうとなさると、それはモーリヤックでもだれでもなくて、ドストエフスキイがいちばん最後に出てくるんじゃないかという感じがするんですが」と言い、それに答えて遠藤周作は「ええ、おっしゃるとおり憧れですよね、ドストエフスキイの世界は。それはいかなる作家にとっても憧れでしょう。こんなことを言っては言いすぎですが、モーリヤックはだいたいわかりました。グレアム・グリーンもだいたいわかりました。その世界だったら私も多少、小説技術を覚えたから書くことはできます。しかしドストエフスキイの世界は、とてもわれわれのような作家がおよぶところではないという感じがいつもします。それだけに向こうが突きつけてくるテーマがすごいんです。でも作家というのは、自分を超えた人間を主人公にできないんです。ドストエフスキイのように書けないもんだから、すこしずつ世界を縮小していくんです」と言っている。

 ドストエフスキーの『地下生活者の手記』を読んで以来、わたしは批評を書きつづけてきた。批評することでドストエフスキーの文学世界を探究してきたが、遠藤周作は小説を書きつづけることでドストエフスキー文学に肉薄しようとしていたということだろうか。それにしても「すこしずつ世界を縮小していく」という言葉は辛い。横光利一は『悪霊』に関して「ドストエフスキーの小説は私の二十歳前後に読み飛ばしたものばかりで、もうそれから十六七年にもなる間、ほとんど読み返してみたこともなくすごして来た。二十歳前後の青年期にドストエフスキーの作品など分らう筈もないと思ふが、それでも荒筋だけ
はぼんやりと私は覚えている。しかし『悪霊』だけはまだ一度も読んだことがなかったから旅行後の疲れのままに、夜になって寝床に入ってから少しづつ読み進んでいってみた。すると、読み進んでいくうちに、私はこれは世界における最高の傑作だと思ひ始めた。かういうときの一小作者の顔色というものは、どういうものか不幸にして私は見ることが出来なかったのを遺憾に思ふ。作者の危機というものは、必ずかういふ場合に現われていなければならぬものだ。私は逢う人毎に当分の間は『悪霊』の話ばかりをしつづけた。それ以外にここから脱け出る方法を私は知らなかったのである」(「文芸」昭和八年十二月号)と書いたが、ドストエフスキー文学の凄さを知ってしまった小説家は悲劇でもあり滑稽でもある。

2004年8月23日

清水正の遠藤周作論(5)「神と神々」

ドストエフスキーにとって〈神の存在〉は大きな問題であった。しかし日本人にとってドストエフスキーが問題にした〈神〉はそれほど切実なのであろうか。たいていの日本人は汎神論的な自然観を受け入れるか、仏教的な浄土観を受け入れてこの地上での束の間の生を終えていくのではなかろうか。

 遠藤周作は『神々と神と』で〈神々の世界〉と〈唯一神の世界〉、〈日本的なもの〉と〈西洋のキリスト教的なもの〉を問題にしたが、彼は少年時代に西洋に対し憧れではなく違和感を感じていたと述べている。彼がカトリックに入信したのは昭和九年(一九三四)、十一歳の時である。もとより自分の意思によって入信したのではない。遠藤周作は戦時中、教会で「汝殺すなかれ」と教えられたことと現実の戦争の矛盾に苦しみ、キリスト教を捨ててしまおうかと何度も考えたが、「母親に対する複雑なうしろめたい気持のため」もあって棄教することはできなかった。以来、彼は〈自分の着せられたダブダフの洋服を自分の体にあった和服にすること〉を〈自分の小説のテーマの核〉にする。はたして〈洋服〉(カトリック)が〈和服〉になってもカトリックなのか、という大問題が生ずることになる。日本という風土の中でキリスト教が根付くことはない、という井上筑後守の言葉は重い。〈ダブダブの洋服〉を〈自分の体にあった和服〉に仕立てなおすということは、正統カトリックの教義を改ざん、ないしは異常なほどの拡大解釈をほどこしたということになろう。

 遠藤周作の〈カトリック〉は卑劣者、卑怯者、臆病者、裏切り者をも許す〈キリスト〉を重要視する余り、厳しく罰する神、呪う神、試みる神、この世に破壊と混乱を招く神、自らの十字架を背負ってついてきなさいと命ずる〈キリスト〉などがはてしなく後退している。遠藤周作の〈キリスト教〉は親鸞の悪人正機やマルメラードフの甘えの神学に通じ、仏教的な慈悲に限りなく近づいている。キリスト教の神は〈生ぬるき者〉を自らの口から吐きだすが、遠藤教ではその〈生ぬるき者〉をこそ包み込む神を信奉している。遠藤周作が仕立てなおした自分の体にあった〈和服〉は、限りなく汎神論的無神論の日本の風土に適合した〈宗教〉である。わたしの目には遠藤周作の〈宗教〉は〈カトリック〉という衣装を借りた〈母親教〉に見える。

2004年8月24日

清水正の遠藤周作論(6)「『おバカさん』と『白痴』」

遠藤周作は『真昼の悪魔』で『悪霊』や『罪と罰』を俎上にあげたが、『おバカさん』は『白痴』を下敷きにしている。ドストエフスキーの読者であればガストン・ボナパルトがムイシュキン公爵をなぞっている人物であることはすぐに分かる。

 背がものすごく高く、信玄袋のようなサック一つぶらさげて日本にやってきた馬面のガストンは、まるで三歳の子供のように無垢な存在として設定されている。ガストンを迎えに来た隆盛と巴絵は、彼が何のために日本にやって来たのか皆目見当もつかない。巴絵はガストンをバカだと思う。しかし出会った当初は馬面の白痴のようにしか思えなかったガストンに対し、やがて巴絵は「母親が不具の子供に持つ、あのあわれにも似た気持」を抱き始める。

 ガストンは打ち捨てられた者、貧しい者、弱い者に対し深い同情を寄せ、その側を黙って通りすぎることのできない男である。ガストンは子供の頃から兄弟や友だちにいつも嘲笑され、ばかにされてきた。しかし彼は人間を信じたかった。彼は「弱くて、悲しい者にも何か生きがいのある生き方ができないものだろうか」と考えてきた。彼は自分がどんな酷い仕打ちをうけても、相手を憎むことのできない性格であった。作者は「どんな人間も疑うまい。信じよう。だまされても信じよう・・これが日本で彼がやりとげようと思う仕事の一つだった。疑惑があまり多すぎるこの世界、互いに相手の腹のそこをさぐりあい、
決して相手の善意を認めようともしない文明とか知識とかいうものを、ガストンは遠い海のむこうに捨てて来たのである。今の世の中に一番大切なことは、人間を信じる仕事・・愚かなガストンが自分に課した修行の第一歩がこれだった」と記している。一週間を共に過ごした隆盛はガストンを「遠い青空のどこかからフラリとやってきたような男。生き苦しいこの世ではめったにお目にかかれぬほどお人よしで、善良で、人なつっこかった」男とみている。

 

地上の世界は憎しみと争いに満ちている。遠藤という男は無実の罪を着せられて処刑された兄の復讐に燃えている。遠藤は「おれァ、憎しみ以外は信じない男なんだぜ」と言い切る。しかしガストンはこの遠藤を〈捨てないこと〉、どこまでも〈ついて行くこと〉を決心する。遠藤はガストンに食事を運んでくれた娼婦をバンドでなぐりつけた男である。その時、ガストンの目に遠藤は「血も涙もない冷酷な人間」「無感動な気持で人を殺せる男」に映った。しかしガストンは、この〈残忍な人間〉が兄のことを話した時、その顔に〈人間の悲しみ〉が浮かんだことを見逃しはしなかった。遠藤の人間不信と憎悪に対し、ガストンはどこまでもどこまでも愛と信頼で寄り添おうとする。

 ガストンは殺し屋の遠藤にとってのみ理解しがたい謎の人物であったのではない。巴絵はガストンを〈まれに見る善人〉〈無類のお人好し〉と認めながら、同時に〈近代的魅力に全く欠けたウドの大木〉とも思っていた。ところがある日、それまで苦笑と憐憫の情しかわかなかったガストンが突然〈不思議な力をもった男〉のように見えてくる。巴絵はガストンは単なるバカではなく〈おバカさん〉なのだと思う。〈おバカさん〉とは「素直に他人を愛し、素直にどんな人をも信じ、だまされても、裏切られてもその信頼や愛情の灯をまもり続けていく人間」である。この時、巴絵は、ムイシユキン公爵を一目見て〈おバカさん〉(дураг)と看破したエパンチン将軍夫人の眼差しを獲得したと言えようか。

 ドストエフスキーは真実美しい人間の具体的な姿を描こうとして『白痴』を書いた。ムイシュキン公爵は十九世紀ロシアの〈現代〉に降臨した〈キリスト〉として設定された。遠藤周作は現代日本の首都東京に遠藤版〈キリスト〉を降臨させようとした。隆盛は「おれがガスさんが好きなのはね……彼が意志のつよい、頭のいい男だからじゃないんだよ。弱虫で臆病なくせに……彼は彼なりに頑張ろうとしているからさ。おれには立派な聖人や英雄よりも……はるかにガスさんに親近感を持つね」と巴絵に語り、殺し屋の遠藤はガストンに「おれにはお前さんが時々たまらないほどいやになる。とぼけて、善人ぶって、心をごまかして……偽善者じゃないか、あんた」と言う。疑いの眼差しにガストンは偽善者に映り、好意をもった眼差しにガストンは善良なお人好しに見える。ガストンに深い懐疑はなく迷いはない。ガストンは予め作者によってムイシュキン公爵の日本版を付与されており、その役割からの逸脱を許されていない。

 さて、わたしはここで『白痴』と『おバカさん』を比較検討する気はない。『真昼の悪魔』を批評した時につくづく感じたが、『悪霊』と『真昼の悪魔』を同一次元で論じること自体に無理がある。遠藤周作が自ら言うように〈大天才〉と〈われわれぐらいの小説家〉が書いた作品の違いは歴然としている。ガストンは〈お人よし〉の〈善良な人間〉の次元から一歩も逸脱せず、作者の意のままに動く人形の域を出ていない。作者の眼差しはガストンの心の深部をえぐる眼差しとはほど遠い。

 ガストンは思う「結局、なにを自分はこの日本に来てやったのだろうか……やったことといえば、人々の邪魔になることだけ、野良犬のようにうろつくことだけ、そして遠藤のように手をさしのべた男からさえも憎まれることだけだった」と。さらにガストンは「わたしがやったこと……それはただ、人のあとをついていくだけ……」とも思う。ガストンは悲しい者、貧しい者、悩める者、憎悪にかられた者の後をついていく。どんなに邪険にされ、蔑まれ、嘲笑されてもガストンは自分を必要とする人間のあとをついていく……これが作者遠藤周作のイメージする〈キリスト〉と言っていいだろう。

 遠藤周作の〈キリスト像〉が『おバカさん』において成功を収めているかどうかは問うまい。ただ、〈暗い沼〉の章でのガストンには、遠藤周作が『沈黙』の中でキリスト教が日本の風土に根づくことがいかに困難であるかとしばしば嘆いた、その具象的な姿が隠喩的に描かれている。ガストンが沼の中に足を踏み入れる場面を作者は次のように書いた・・「彼は沼の性質に気づかなかった。腰まで水がつかる地点にきて、はじめてガストンは足もとの地面が急にヌルヌルと変ったのを知り、それと共に両足が泥の中にはまりこんでいくのにやっと気がついた。/あわてた時はもう遅かった。片足をあげようとすれば、もう一方の足が泥の中にふかくめりこむのである」と。ガストンは殺し屋の遠藤が兄に罪をきせて生き延びた小林を殺すことを阻止しようとして、遠藤の後を追って来た。そして今、ガストンは濃い霧がたちこめた山の中で、小林が十四年前、沼の中に隠した金の延べ棒が入った箱を引き上げるために沼の中へと入ったのだ。ガストンは年老いた小林に同情し、殺し屋の遠藤が小林を殺すことのないように最大の努力を払った。が、その結果としてガストンは沼の泥に足をとられ、「もがけばもがくほど、抜きさしならぬ羽目におちいって」しまったのである。この場面は、遠藤版〈キリスト像〉の挫折とも受け取れる。

 遠藤と小林の確執、憎悪、殺意をガストンの善良な心では解消しきれない。ガストンの善意と同情だけでは遠藤も小林も救うことはできなかった。が、遠藤周作はガストンに人間の力を超えた力を与えたがっている。肺病の遠藤は水の中にうつぶせになっている所を発見され一命をとりとめる。逃げた小林も逮捕される。要するにガストンが願ったように、遠藤も小林も殺人者にならずにすんだ。ただ一人、ガストンだけが行方不明になっている。

 現実的な文脈で考えれば、ガストンは命を失っている。従ってその死体が発見されなければならない。しかし遠藤周作は、ガストンをそのような結末で終わらせたくはなかった。ガストンはあくまでも日本に降臨した遠藤版〈キリスト〉としての役割を全うしなければならないというわけだ。事件の三日後、殺し屋の遠藤は病院での取り調べで、気絶してから何十分かたった頃、かすかに目をあけると「青い空にむかって、一羽のシラサギが真白な羽をひろげながら、飛び去っていく」のが見えたと〈告白〉する。ここで遠藤周作が〈証言〉と書かずに、敢えて〈告白〉と書いていることに注意すべきだろう。人を憎むこ
とだけを生き甲斐にしてきた殺し屋の遠藤が、ガストンと出会うことで新たな人間へと復活蘇生したのだ。遠藤の〈気絶〉は〈死〉の隠喩であり、〈三日後〉の〈告白〉は〈新生〉の隠喩となっている。
 遠藤周作はガストンの行方について次のように書いている。

  沼のなかには彼が死んだと想像させるものは残っていなかった。たった一つ、三日後に、沼に突きだした浅瀬に大きな古い上着が落ちているのが発見された。遠藤はこの上着がガストンのものだとみとめたのである。

 ガストンの〈古い上着〉は彼の復活を意味している。ガストンは死んでも生きている。まさにガストンは、死んで三日後に復活したキリストをそのまま反映した存在として描き出されている。隆盛は帰りの列車の窓から出羽山陵を眺めながら、突然、ガストンが白鷹山の頂き近くを登っているような空想にとらわれる。と、そのとき〈一羽のシラサギ〉が田んぼから青空に向かってゆっくりと舞いあがる。隆盛はそのシラサギに向かって「ガスさん、さようなら」と小声で呟く。隆盛はガストンは「竹取物語の主人公のように空から来て空に戻った」のだと思い、さらに「ガストンは生きている。彼はまた青い遠い国から、この人間の悲しみを背おうためにノコノコやってくるだろう」とも思う。そしてこの『おバカさん』は幕を閉じる。

 ガストンを〈シラサギ〉にしてしまうことで、この人物は現実的な人物から寓話的、童話的人物へと変容する。ガストンは弱く、臆病な、それでいて底抜けにお人好しの善良な人物、すなわち遠藤版・無力な〈キリスト〉として造形された。ガストンは遠藤周作の信仰上の〈夢〉であり〈希望〉と言えようか。その描き方は、ドストエフスキーの場合と違って垂直的ではない。日本の首都と東北山形を舞台にした水平的な展開にとどまっている。はてしない深みへと垂直的にガストンを追い込めば、この作品で描かれたようなガストンの姿はなくなったであろう。ガストンが係わった隆盛や巴絵、殺し屋の遠藤や、彼に命を狙われた金井や小林、占い師の川井調停など、すべての人物が衣装替えして再登場しなければならなくなったであろう。しかし、今、その検証を具体的に展開するつもりはない。『おバカさん』を『白痴』と同じ次元で論じても詮方ない。遠藤周作はドストエフスキーと真っ向勝負を避けて通俗娯楽小説として『おバカさん』を読者に提示しているのであるから。

 隆盛と巴絵に代表される通俗平凡な人々が織りなす日常の中に遠藤版〈キリスト〉は溶解して行ったと言ってもいいだろう。〈シラサギ〉になってしまった〈キリスト〉ガストンは、殺し屋遠藤や隆盛だけが見た〈幻想〉〈空想〉ではなく、作者遠藤周作のそれでもあったろう。『おバカさん』のメルヘンチックな終幕場面を読んで、今さら空想家の仲間入りもできないわたしとしては、改めて『白痴』の戦慄的な終幕部に思いを寄せ、文学の深さと恐ろしさを再確認したい思いである。

2004年8月28日

清水正の遠藤周作論(7)「信仰と母」

遠藤周作は「ひとつの小説ができるまでの忘備ノート」(「三田文学」二〇〇一年十一月)の中で〈私の祈り〉と題して「主よ、母があなたを信じましたので、私も母に賭けます」(一九八二年二月二十五日)と書いている。この言葉に遠藤周作の信仰のすべてが現れているように思う。遠藤周作の小説家としての仕事、それはだぶだぶの洋服を自分の体に合った和服に仕立て直すという信仰上の問題でもあったが、要するに母が信じた神に賭けたということにつきる。遠藤周作にとって母は神との出会いを用意してくれた仲介者であるが、同時にそれ以上の存在でもあった。

 わたしはこの遠藤周作の〈祈り〉の言葉を聞いて、すぐに『罪と罰』の最後の場面を想起した。二人の女の頭上に斧を振り下ろして殺害したラスコーリニコフは、シベリアに流されてまでも〈罪〉(грех)の意識に襲われることがなかった。しかしこのラスコーリニコフに復活の曙光に輝く瞬間が訪れる。早朝六時、川の岸辺に労役に出掛けたラスコーリニコフは丸太の上に腰を下ろして、荒涼とした広い川面を眺めている。そこへ不意にソーニャが音もなく現れ、並んで腰をかける。しばらくして、突然ラスコーリニコフはソーニャの足元に身を投げ、泣きながら彼女の両膝を抱える。ソーニャはその場からはね起き、激しく怯えながらラスコーリニコフの顔を見つめる。ソーニャはすぐにすべてを理解する「彼は私を愛している、限りなく愛している」と。作者は「二人を復活させたのは愛だった」と書いている。

 この日の夜、一つの考えがラスコーリニコフの頭をかすめる「今や、ソーニャの信念はわたしの信念となっていいはずではないか? 少なくとも彼女の感情、彼女の願望は……」と。作者ドストエフスキーは「しかし、ここにはすでに新しい物語が始まっている。それは、一人の人間が徐々に更生していく物語、彼が徐々に生まれ変わり、一つの世界から別の世界へと徐々に移っていき、これまで全く知ることのできなかった新しい現実を知るようになる物語である」云々と書いて『罪と罰』の幕を下ろした。
 遠藤周作は母から与えられた〈だぶだぶの洋服〉を〈自分の体に合った和服〉に仕立て直す〈仕事〉を通して〈新しい現実〉を知る努力をし続けたのではなかったろうか。

 今、ここで遠藤周作の信仰を『罪と罰』に則して詳細に検証するつもりはない。ただ、ラスコーリニコフがソーニャへの愛を通して信仰の道へと踏み込んで行ったように、遠藤周作は母への愛を通して〈キリスト者〉への道を決意したことだけは確かに思える。

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