ホーム > 追悼:野沢尚 > 野沢尚先生の死を悼んで





野沢尚先生の死を悼んで


【学生による寄稿追悼文】

nozawa350.jpg


伊丹十三の自殺が報じられてから六年半が経った。当時、その原因についての記事が世間に多く出回った。だが、結局、その真相はわからなかった。今となっては、溢れかえる情報という闇の向こうに葬り去られたが、伊丹の死はまだ形を変えながら僕の胸の中に生き続けている。最近では、佐世保の事件が話題となった。やはりその原因も定かではない。しかし、一部報道によると、少女の狂気性によるものだということである。マスコミをとおして、原因不明の出来事にあたかも関連のありそうな事柄を報道される。すると、それが人々の間に真実として認識される傾向があるのだ。少女が「バトルロワイアル」を愛読していたといったことなどがそれにあたる。何も知らない視聴者は、事件とその事柄を無意識のうちに因果関係で結びつけることになり、間違った人物像を不特定多数の人たちが共有することとなる。それはとても危険なことだと思う。

自殺をする人間は、やはりそれだけの人間だ。このことは、ずっと思い続けていたことであるし、今もまだ変わらない。ただ、ヒトという動物は、本当に未知なる生き物だと思う。「死人に口なし」という言葉があるように、まさに今回の野沢尚の死は全くもって謎であり、今後も決して解明されることはないだろう。この先、マスコミによって多くの推測が世間に出回ることになるはずだ。長くなってしまったが、言いたいことは一つ。どうか、マスコミの流す情報を鵜呑みにしないで欲しい。間違った野沢尚を作り上げないで欲しい。

原因が何にせよ、野沢尚の自殺は本当に残念でならない。

(中原崇・大学院博士前期課程文芸専攻一年)


、ス、ホテヒ。「カァヒス、ヒ、ト、ュ

 


野沢氏の講義は、立ち見も出て、ぎっしり埋まった教室での、刺激的な体験だった。
よどみない口調で、ストレートな熱い授業を展開する野沢氏からはとても「毎日ひとりで仕事場に籠って黙々と作品を書き続ける人」といった感じがしなかった。執筆に取りかかる前、プロットができた段階で関係者にプレゼンテーションをするから、人前で話をするための術は心得ているとのことだった。

自身の作品に、確かな自信を持った人だった。
別冊宝島「シナリオ入門」のQ&Aだったと思う。ご自身の最高傑作は? とのクエスチョンに、「たけし監督が手を入れる前の『その男、凶暴につき』」とのアンサー。すげえ、と思った。
脚本は、スタッフ含めて二百人位にしか読んでもらえないので小説を書き始めたという。小説でも脚本でも、まずなによりその天才的な構成力に圧倒された。理系のものすごいエリート、みたいな頭脳を持ってるんだろうなと思った。木村拓哉氏に「化学の先生みたい」とその性格や風貌を指摘されたという。確かにそんな感じがした。
半年ほど前、月刊「ドラマ」誌に、野沢尚氏から倉本聰氏へのあからさまな挑戦状めいたものが載った。かっこよかった。ただ、自分は三谷幸喜氏に及ばないだろう、とも、そこにはあった。「あれ?」と思った。

日芸での野沢氏の講義のあと、一時間ほどお話をさせていただく機会を得た。
ギラギラした目をしていらっしゃった。すこし怖かった。なんか、四十二歳(当時)には見えなかった。日々、精神的に肉体的に消耗しながら、これだけたくさんの作品を生み出し続けてこられたのだろうと思った。時間を無駄にしない人、という印象を受けた。

 ご冥福をお祈りします。
 

(五十部裕明・文芸学科三年)


作品を残すことは自分が生きていた軌跡を残すことだ。
野沢さんがこの言葉をおっしゃった時、こころに響きました。ご冥福をお祈りいたします。

                                     

(岩城良和・文芸学科三年)

彼を知ったの『眠れる森』だった。母に薦められるまま観て、すごいと思った。謎を一枚一枚剥がすように明らかにしていく計算された巧さ。ミステリーが面白いとそのとき初めて知った。「脚本家 野沢尚」は以来ドラマを観るときの基準になった。だから会えたときは、なんと言えばいいのだろう、感動した、うれしかった、泣きそうだった、言い方はいくらあれど表現しきれない。授業内容や、握手をしてもらったことはいまだに鮮明で、これからもちょっと忘れられそうにない。

 彼の訃報に接した日、我が家の辺りは虹が出ていた。テレビ眺めていたら、「野沢尚自殺」と不意にテロップが出た。とっさに未遂だと思った。そして詳細をアナウンサーが読み上げたがどれも嘘っぽく、現実ではない気がした。翌日、彼と次回作の打ち合わせを七月七日にする予定だった人がテレビに出ていた。そこでようやく彼の死を理解した。死ぬということは、もう次の作品はないということだった。『眠れる森』で感じたような高揚感や次回が楽しみでしかたない気持ちを私はこの先感じることが出来るのだろうか。

 ご冥福お祈り申し上げます。 

(鈴木香奈・文芸学科在学中)

 六月二十八日、野沢尚先生が他界されました。
 衝撃を受け、しかし、私は中沢けい先生がおっしゃられた言葉を思い出します。
 「小説のすごいところは、故人とコラボレーションができることなのよ」
 本当にその通りだと思います。
 文面で恐縮ですが、お悔やみ申し上げます。
 
                            2004年7月1日 

                                   

 (渡邉倫子・文芸学科在学中)

2004年7月 1日

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.shimi-masa.com/mt/mt-tb.cgi/119

コメント

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)