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野沢尚氏の講演記録(4)
一番最初に僕はたけしさんに挨拶をしに行って、日本テレビの控え室だったと思うんですが、当時たけしさんは「TVジョッキー」という番組をやっていて、まず僕の方から参考になる刑事映画のリストを作ってきたんで、これをできるだけ見てくださいという風にお渡ししたんですね。その中には『ダーティーハリー』であるとか『フレンチ・コネクション』であるとか、そういう過去の名作はそんなにご覧になっていないと思ったので、リストをお渡ししたんですね。
で、その中に一本『LA大捜査線 狼たちの街』っていうマイナーな刑事映画があって、監督が『フレンチ・コネクション』を撮った、ハリウッドの七十年代の天皇と言われたウィリアム・フリードキンで、八十五年くらいになって、まあちょっと落ち始めていたんですけれども、非常に異色の刑事映画を作ったんですね。これはいまでもビデオで出ているんで、見てもいいと思いますけれども。これは要するに暴力刑事が主人公で、若い刑事がその相棒で、いつも主人公の後をおどおどついて歩いているんですけれども、最後の敵と戦うクライマックスになったときに、この映画がすごく変わっているのは、主人公があっさり撃たれて死んじゃうんですね。撃たれて死んだ後に、それまでおどおどしていた相棒が、最後の数分でがらっと変わってきて、ラストシーンはその相棒が、主人公以上に暴力的な、汚職もするような刑事に変貌しましたというようなエピソードなんですけれども、これが『その男、凶暴につき』のエンディングなんですね。もうほとんど同じなんですね。たけしさん扮する東という刑事に、菊池という若い刑事がついていて、これがいつもいじめられながら仕事をしているんだけれども、最後は菊池が東の死んだ後に汚職を引き継いで、非常にダークな部分を引き継いでいくというエンディングになっているんだけれども、これは『LA大捜査線 狼たちの街』に相当インスパイアされたものなんだなあと。そのエンディングは僕の原作にはなかったものですから。
まあそういうわけで、最初に顔合わせをして、次に一回打ち合わせをして、四谷の寿司屋に行って、寿司を食べながらプロデューサーとたけしさんと一緒に話をして。既に脚本はできていて、その脚本の中の知的障害者の子供という設定を妹にしようということは、多分たけしさんが言われたと思うんですけれども。この妹は精神病院から出てきて、ところがすぐにアパートに男を引きずりこんだりとかして、とんでもない妹で、その妹がのちのち白竜扮するシャブ中のやくざにさらわれて、それを取り戻しに行って対決になるという、そういう映画になるんですけれども、この妹を最後をどうするかというのがそのときのテーマだったような気がします。妹を救い出して終わりにするのか、妹を殺されて立ちつくすのか、色々なエンディングがあって、どれを取るべきか、でも、とにかくたけしさんは普通のハッピーエンディングは作ろうとは思っていなかった。
どうしようかとみんなで話しているときに、たけしさんがトイレに立たれて、戻ってきた第一声で「妹を殺しましょう」と、「主人公が殺しましょう」という風におっしゃったんですね。みんなびっくりして、それはどういうことかというと、障害者でも、ボロボロにヤク中にされて、兄貴が殺した白竜扮するやくざにクスリを泣いてすがるみたいな妹を見たときに、何とも言えない悲しい気持ちになって、そういうどうしようもない悲しみを、殺すという形で処理してやろうと。これは屠殺なんだという風におっしゃったんですね。やっぱりそれを聞いたときに僕は、「この人は天才だな」と思いましたね。これまでの映画のセオリーにはないエンディングを思いつく人なんだ、と。
そういう形でエンディングを直したんですけれども、プロデューサーから、「脚本をたけしさんに任せてくれないか」と言われて。あの人はやっぱり即興演出をする人だし、脚本作業で時間をかけたくない、と。早く現場に行って、あの人の持っている第六感を刺激しながら作る映画であるべきなんだと。脚本はそこそこでいいから、もう監督に渡してほしいという風に言われたんですね。僕は最後までやりたかったんですけれども、まあそういう映画の枠組みであれば、これは仕方ないという風に任せました。だから監督が変えた部分がどんどん入っていくんですけれども、やはりかなり変わっていきましたね。
2004年7月 2日
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