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野沢尚氏の講演記録(3)


じゃあ、たけしさんを主演に、暴力刑事の映画をやろう、というふうになりました。それでそこからまた一年くらいかかるんですけれども、監督と警視庁に取材に行ったり、色んなことをしながら、色んな本を回し読みしながら、旅館にも二・三日入って、こういう登場人物にしようとか、こういうストーリーにしようとか話をしながら、それから何ヶ月か後に「灼熱」と題名の脚本を書きました。これが『その男、凶暴につき』の原型になっているんですけれども、監督の深作さんというのは、集団と個人というようなテーマを、非常に組織的な集団の中で、反骨精神を持った個人がいかに戦っていくかということを常に描いてきた監督ですよね。

 

話を作っていくときに一番悩んだのは、監督の作品歴の中で刑事が主人公になっているものはあんまりないんですよね。『県警対組織暴力』と『やくざの墓場』っていう映画では刑事が主人公になっているけれども。深作監督と刑事というのは、ちょっと折り合いの悪い組み合わせみたいで、何でこの東という主人公は暴力刑事になったのか、どういう前歴があるのか、親はどういう人で、兄弟はいるのか、結婚はしているのか、しているなら女房はどういう女なのか、離婚しているならばいまはどういう関係なのか、旅館にこもりながら徹底的にそういう話をしたわけです。

 そういう中で非常に深作さんらしいストーリーだなと今でも思っているエピソードがあるんですけれども、これは映画では川上麻衣子扮する知的障害者の妹っていう設定になっているんですけれども、最初はそれは息子だったんですね。女房がいる…いしだあゆみさんみたいな女房がいて、主人公に暴力癖があるんで、家庭がめちゃめちゃになって離婚したと。で、その子供が東の血を引いているんじゃないかと思えるほど、暴力癖があって、自閉症で自傷行為をするみたいな、小学校一年生くらいの子供がいる。それが別れて暮らしているんですけれども、主人公が最後に、自分の親友を殺したやくざと対決に行くときに、自分の妻子に別れを告げるために妻の実家に行くんですよね。すると荒れ果てた、とにかく子供が暴れ回った家の中になっていて、女房が「あなたは反対したけれども、やっぱりこの子を施設に入れようと思う。あなたは子供を捨てるのかって言うけれども」と言う。でも主人公はその辛さが分かって、「分かった」と答える。すると子供が向こうから剣玉を投げてくるんですよね。するとその剣玉の紐がちぎれていて、玉も一緒に転がってくるのを主人公が手に取るというエピソードがあって、戦いがすべて終わって、エピローグにその子供を長野県かどこかにある施設に送り出す、その妻子の見送りを駅でするときに、子供がそのちぎれた剣玉を押しつける。それで主人公が妻子を見送り終わったあとに、剣玉をやるというストップモーションで終わるというラストシーンを考えたんですけれども、それが深作監督の考える人間の哀れさとか、暴力衝動の根底にあるものとか、そういうものを象徴的に描いたエピソードだったんですね。

 そういう脚本だったんだけれども、それが結局、深作さんが降りることになってしまった。なぜかというと、脚本が大体できてきて、どういうスケジュールで、どういうセットでとかいう具体的な撮影準備に入っていったときに、たけしさんが「こういうスケジュールでやりたい」と言ってきた。いまもそうですけれども、たけしさんは当時からもう週五~七本のレギュラー番組を抱えていて、要するにその通りにやるということは、至難の業であったと。どうしたいかというと、一週間とにかくテレビの収録を集中的にやって、次の一週間で映画の撮影をやると。で、また一週間テレビの収録をやるみたいな、交代交代でやるというスケジュールをたけしさんが提示してきたんですね。

 それだと確かに人件費がかかると。たけしさんがテレビの収録をしている一週間のあいだも映画のスタッフの人件費がかかるわけなんで、でももうそれしかないと、奥山和由プロデューサーが監督に言ったら、冗談じゃないと。それは映画を甘く見てるんじゃないかと。ちゃんと一月二月開けてこいっていう風に監督はおっしゃった。でももう周りで見ていてしょうがないんじゃないかと。たけしさん主演で、もうそういうスケジュールでやるしかないんじゃないかと、でも監督は最後まで抵抗して、それだったら俺はできない、降りるという風になったわけです。それは映画人の意地という一言に尽きると思うんですけれども、そういうことで深作監督が降りられたのは非常に残念でした。

 そうして深作監督と作り上げた脚本がたけしさんの手に渡りまして、奥山プロデューサーが、「じゃあたけしさんを監督に起用しよう」と。でもたけしさんは例のフライデー襲撃事件があった後ですから、要するに武闘派タレントみたいなイメージがあったんですね。暴力を知っている人というイメージがあったので、そういう人に映画を作らせたら、何かすごいものができるんじゃないか、という奥山さんの確かな勘だと思うんですけれども、それで「灼熱」という脚本がたけしさんの手に渡って、題名が『その男、凶暴につき』となったんですね。これは既存の、過去にあった小説のタイトルを使ったんですけれども。

2004年7月 2日

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