野沢尚氏の講演記録(1)
野沢尚さんが6月28日、お亡くなりになった。
新聞記事を見て衝撃を覚えた。
野沢さんが日大芸術学部文芸学科の特別講座で講演されたのは2002年1月17日であった。満員で、教室に入りきれない学生も何人かいた。何年か先、ぜひとも文芸学科で「シナリオ研究」の授業を持ってもらいたいと熱く要請したのが昨日のような気がする。
ご冥福を祈りあげます。
次に、野沢尚さんの講演記録を紹介します。 (清水正)

清水:今日は特別講座ということで、雑誌研究の授業内で、シナリオ作家として著名な野沢尚先生をお迎えしています。私のほうから簡単にプロフィールを紹介します。
野沢先生は昭和三十五年に愛知県にお生まれになりまして、日本大学芸術学部映画学科を卒業されています。卒業してから二十年ということだそうです。昭和六十年に、『殺して、あなた…』で脚本家としてデビューなさいまして、鶴橋康夫監督とのコンビで多数の作品を発表されております。『愛の世界』で芸術作品賞、第十七回放送文化基金賞優秀賞、ATP賞、ギャラクシー優秀賞等を受賞、平成九年に小説『破線のマリス』で江戸川乱歩賞を受賞しております。その他にも第十七回向田邦子賞受賞、という風に数々の賞を総ナメにしておられます。主な作品には『十年目のクリスマス・イブ』『反乱のボヤージュ』『青い鳥』『親愛なる者へ』『眠れる森』等があります。これは今日、副手の方に調べてもらったんですが、たくさんあります。ですから今日お集まりの皆さんの中には、野沢先生に関して詳しく研究をされている方もいらっしゃるようですから、更に詳しく知りたいという方は自分で調べてみてください。
先ほど雑談の中で、野沢さんは一日に原稿を二十枚書くということですね。私も原稿を毎日書いているけれど、五枚くらいしか書けませんから、相当違うわけですね。ですからあなた方も、非常に刺激的な話になると思いますので、まず六十分ほど話をして頂きまして、あと二十分くらいは質問を受けてくださるそうです。心の中で何を聞こうかなということも準備しながら聞いていただければと思います。それでは野沢先生、よろしくお願いします。
野沢:どうも初めまして、野沢です。よろしく。タイトルとして「シナリオ作りの現実」ということなんですけれども、こういうことは一般論で話すと非常につまらないものになるので、なるべく実例を挙げて、自分の過去の作品を通して脚本作りの本質がわかるような、そういう仕事は過去にありましたんで、それを中心に喋っていきます。立ち見の人は適当に座りながら聞いてください。
ちょうど僕が卒業して二十年になって、二十年間一回もこういう講義はやったことがなくて、そろそろ自分の後輩たちに何かを託したり伝えたりということもいいんじゃないかと思って、本当は去年のもっといい時期に来るはずだったんですけれども、ちょっとこういう時期にずれこんで…。
今日はですね、具体的には二本の映画を中心に話そうと思います。裏話も含めて色々話しますんで、それを踏まえて、ビデオレンタルやDVDで観れる映画を一応選びました。一本はこちらの先生のリクエストでもあったんですが、『その男、凶暴につき』という、八十九年に公開された映画です。これはご存じのとおりビートたけしさんの第一回監督作品です。もう一本はその二年後に公開になったんですが、『さらば愛しのやくざ』という東映の映画です。「ニューやくざ路線」といわれた映画で、陣内孝則、柳葉敏郎というふたりの男優が出た映画です。この二本を中心に話していこうと思います。
まずはじめに『その男、凶暴につき』は八十八年から八十九年にかけての仕事なんですけれども、それに至るまで、どういう形でプロデビューして、その仕事をするに至ったかということを、ごくかいつまんで話したいと思います。
僕は映画学科の監督コースなんですけれども、大学三年の二十一歳のときに勝プロダクションという会社があるから、そこへ行ってちょっとプロットのアルバイトをしてきてくれと先生に言われて。で、僕を含めて三人の学生たちが、勝新太郎さんのやられているプロダクションに行ったわけです。新宿の歌舞伎町の風林会館の近くの、ものすごく薄汚れたビルで、幽霊ビルみたいなところに行かされて、ちょうど火曜サスペンス劇場というのが始まる直前だったので、原作のミステリーをとにかくたくさん読んで、それをペラ二・三枚のプロットにまとめるという、後々に僕はプロットライターという仕事を実際にやるんですけれども、それのちょっと前段階というか、プロデューサーが読んで「あ、これちょっと面白い原作じゃないか」と思わせるようなものを書いてこい、と。とにかく僕はミステリーが好きだったので、片っ端から読んで、書いて持っていったわけです。
卒業してから勝プロから今度は三船プロという、三船敏郎さんのプロダクションに行って、プロットライターという仕事を始めたわけです。この仕事というのは、多分シナリオライターを志す方が、これから多くやられる仕事だと思うんですけれども、要するに企画書を書く仕事なんですね。
2004年7月 1日
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