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野沢尚氏の講演記録(12)


野沢:というようなことで、とりあえず言いたいことは言いましたんで、あと残り十数分ありますんで、質問があれば聞いてください。

学生:映画学科の脚本コースの者なんですけれども、先ほどの話にもちょっと出たんですけれども、自分自信の視点というものとキャラクターの距離感というのを野沢先生はどうお考えになりますか。

野沢:新藤兼人さんが「人は誰でも一本のシナリオを書ける」というように、自分自身のことを書けば、誰でも一本は書けて、誰でもデビューできるみたいなことを言っていて、ある時期僕はそうかも知れないと思っていたんですけれども、案外そんな簡単な世界でもないなと僕は思っているんですね。やっぱりストーリーによっては、殺人犯の気持ちを書かなければならないし、刑事の気持ちも考えなければならない。よく先輩のライターの人たちは「色んな世界を経験しろ」って言いますよね。色んな人と会って、色んな人たちになりきるみたいな作業をやってこい、って言うけれど、結構それって無茶な話で、そんなことあまりできないんですよね。

 

殺人者の気持ちを理解するには人を殺さなければならないのか、って、究極的にはそういう話になっちゃうし、刑事になるには警察の試験受けなきゃならないのかってことになるし。結論としていえば、一番大事なのは、経験値…どんな人生を作家が経験してるかっていうよりも、最終的には想像力なんですね。想像力を発揮するしかなくて、たとえば小学校五年生のセリフを考えるときには、自分の親戚の五年生の子と遊べばいいんですよね。喋り言葉を聞けばいいし、その子に自分を投影するみたいな、どこか乗り移るみたいな、そういう作業をやって自分と登場人物の距離感というのを、縮めていくしかないですね。

 ただ僕らプロは、あんまりそんなことは考えないんですよね。つまりこれから小学校五年生のセリフを書くために、五年生の子をどこかから見つけてきて遊ぼうとか、まあそういう人もいますけれども、必ずしもそういうことは必要ないような気がしていて。

 たとえば満員電車に乗って、OLの人を見かける。で、その人が何か変だと。たくさん荷物を持っているとか、ウォークマンを聞きながら何かブツブツ喋っているのが変だなあとか思うと、多分そういう姿ってインプットされている気がするんですよね。頭の中の引き出しの中に仕舞われて、「変わったOL」というカテゴリーに分けられているような気がします。で、似たような人を考えるときに、その引き出しから引っ張ってきているという、そんな気がします。それはあまり特別なことではないと思うんですけれども、要するに観察力…ではないですね。興味ですね。「この人は何をやっているんだろう」とか、「どういう独身生活を送っているんだろう」とか。例えば家に帰って、物干しにはどういう洗濯物がぶら下がっていて、窓からどういう景色が見えるんだろうとか、そういう興味とか想像力というものが最終的には必要だと思うんですよね。どれだけ色んなアルバイトをして、どれだけ汚いことをしているかとか、そういう経験が生きることもあるんだろうけど、最終的に必要なのは想像力だと思います。

学生:今まで出会った役者さんの中で、「この人はすごいな」とか、「まだ仕事をしたことはないけれども、この人と一緒にやってみたいな」と思える役者さんは誰ですか。

野沢: 『眠れる森』のときに、僕は最初にストーリーを作ったときに、主人公の生い立ちを作ったんですよね。何月に生まれて、その日には何が起こったかということを克明に書いた、主人公の生い立ち書というか。そういうものを作るんですよね。

 あのドラマでいうと、金大中氏が拉致された日に主人公の木村くんが生まれたということになったのかな。仲村トオルくんは、ケネディの弟だか兄だかの上院議員が日本にやってきて、早稲田講堂で講演をやった日だったかな。ちょっと違うかも知れないけど。要するに木村くんで言うと、金大中氏が拉致された日というのは、昭和のミステリーにおける非常にエポックメイキング的な日であると。現実ではそんなことはあり得ないんだけど、主人公はどこかミステリー的なものを背負っているというか。そういう人物の運命の線路を作るんですよね、僕は。

 そういう生い立ち書を木村くんが見たときに、やっぱりその時代のことを勉強するんですよね。金大中氏がどういう風に拉致されたのか、当時の日本の情勢はどうだったのかとか。そういう勉強をする役者はあまりいないけれども、そういう提示書を出す作家というのもなかなかいないから、彼は僕の期待に応えて、勉強してくれたというのがね。

 で、彼なりにキャラクターを作り上げてきて、その中で僕が「助かった」と思える点がいくつかあって、具体的に言うと、さっき言ったように『眠れる森』では主人公は脳挫傷で死んじゃうんだけれども、その二回前くらいに仲村トオル演じるサンタクロースにぶん殴られて、命がどんどん細っていくみたいなね。そういうことになっているんだけど、その死ぬラストシーンの前に、中山美穂に渡す花束を買いにいこうとして歩いている木村くんの後ろ姿が、突然ことっと転ぶんですよね。脳挫傷の前兆が現れているというシーンなんだけれども、それは僕の脚本にはなかったもので、多分彼が監督と相談して、そういうシーンを入れたらどうかと、伏線としてのそういうものを入れたらどうかと言ったんじゃないかと思うんですよね。そういう掘り下げ方をしてくれて、非常にありがたいと思うんだけれども、つまり脚本家・監督・役者のコラボレーションがうまくいったときに、非常にいい作品ができる。『眠れる森』が嫌いだという人もたくさんいるとは思うんですけれども、まあ、そういう作品でしたね。

 で、これからやってみたい役者というと…。女優さんでは二年半前に仕事をしたことがあるんだけれども、天海祐希さんですかね。何が魅力的かというと、やっぱり宝塚の男役をやって、非常に男みたいなサバサバしている人なんですけれども、女性の持つ切なさとか悲しみとか、そういうものをうまく表現できる人なんですよね。そういう人というのはあまりいなくて、ああいう大柄で足音の聞こえるような女優さんが、女性の持つ切なさとかをあれだけ表現できるというのは、なかなかいない。僕はやっぱり彼女のためなら書きたいと思っていますけれども、まあそういうチャンスはなかなかないんですけど、女優でいえば彼女ですかね。

2004年7月 2日

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