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野沢尚氏の講演記録(10)


僕はサッカーが好きなんで、よくテレビの場合はサッカーにたとえるんですけれども、シナリオライターっていうのは10番の選手なんですね。トップ下の選手。主演男優と主演女優という2トップが前にいて、まわりに中盤の選手がいる。それで10番のトップ下のシナリオライターは、とにかく2トップにいいボールを出す、いいパスを出すというのが、シナリオメーカーの仕事なんじゃないかという風に納得して、テレビの仕事をやっています。

 ちょっと時間がなくなってきたんで、本当はもっとテレビの場合についても話をしたかったんですけれども、まとめに入ります。シナリオライターにとって大切なことというのを、いくつか話したんですけれども、じゃあどういう風にしたらいいものが書けるんですかとか、シナリオ講座でも聞かれて、答えに困るんですよね。どうやら大切なのは、果てしなく続く連想ゲームをやることだという風に思っています。

 どういうことかというと、ちょっと実例を挙げて話しますけれども、『眠れる森』というテレビドラマは、タイトルの連想から出てきたストーリーなんですね。当時まだ子供が小さくて、夜遅くに帰ってきて、子供の本棚を見たわけです。何かいいタイトルはないかなと思って。当時既に、木村くんと中山美穂っていう2トップは決まっていて、それで何かを作らなきゃいけないと。フジテレビのプロデューサーは、乱歩賞を獲った後だったから、ミステリーをやってほしいという、そういう枠組みだけしかなかったんですね。で、家へ帰って、子供の本棚を見たと。その前の年に『青い鳥』というテレビドラマをやっていたんで、児童文学でいいタイトルはないかなあと見ていたわけです。すると「眠れる森の美女」というのが目に止まって、これはいいかも知れないけれども、「美女」とつくのはいかにもだなあ、と。確かに中山美穂は美しいけれども、そこまでタイトルで謳う必要はないんじゃないかと思って。だったら『眠れる森』と縮めてみたらいいんじゃないかと。

 要するにここから連想ゲームが始まるんですけれども、じゃあ、『眠れる森』というタイトルのつくドラマはどういうドラマなんだろうか。「森」というところからまず連想するんですね。森にはやっぱり癒しのイメージがある。当時「バスクリン」のコマーシャルで、森林の中にバスタブがあって、そこに浸かっているものもあったし。すると「癒し」のイメージから「脳」に行くわけです。「眠れる脳」というものは何だろうか。そうすると、それは記憶なんじゃないかと。すると主人公には過去にトラウマがある。ところがその眠れる記憶が、蘇ってくるんじゃないかと。過去が忍び寄ってくるとすれば、どのような過去なんだろう。殺人事件があって、自分の一家が殺されて、幼い主人公がそれを全部見ているんだけれども、そのショックで全部忘れてしまっている。それで十五年くらい経って、何かの拍子で記憶が蘇って、殺人事件の時効を迎えるその日がクライマックスというのを何となく思いつくんだけれども、十五年目に記憶が蘇ってきて、殺人事件の犯人が現れるんじゃないか、そういうストーリーなんじゃないか、と。それが『眠れる森』のストーリーの骨格なんですけれども、それがタイトルを見た後、一時間くらいでできたと思うんですけれども、そういうことを果てしなくやっていくことがまず大事なんですよね。映画でもニュースでも何でもいいですけど、とにかく引っかかったものから、連想ゲームをしていく。それがストーリーを生み出す一番大切なプロセスだという風に思います。

2004年07月02日

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