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【老教授宅への訪問者】...チェーホフ『退屈な話』を読む(9)
同僚、学生、博士候補者 (チェーホフ『退屈な話』を読む)
講義が終わって家に帰ると老教授は書斎に坐って仕事をする。彼は次のように書いている。
雑誌や学位論文に目を通したり次の講義の準備をしたり、時には何か書き物をする。
この記述も先の記述と矛盾している。老教授は先に「わが輩はその日の講義を題目は知っているが、どんなふうに講義を進めるか、何から始めてどこで終えるかは知らない。頭の中には何ひとつ言葉の用意がないのだ」と書いていた。どうもこの〈手記〉は細かく見ていくと首尾一貫しているようには思えないが、今、そういった事を詳しく検証するつもりはない。老教授が記す、或る一日の日常を見ておくにとどめる。
ベルが鳴る。これは同僚が仕事の打合せに来たのだ。彼は帽子とステッキを手に入って来て、
それを順ぐりわが輩に差し出しながら言う。
「いやちょっと、ほんのちょっとお邪魔するだけです! お坐りになって下さい、collega !
ほんのふた言!」
まず手はじめにわれわれは、ふたりが世にもいんぎんで、こうして会うのがどんなにか嬉しいとお互い相手にわからせようと努める。まずわが輩が彼を肘椅子に坐らせると、彼もわが輩を坐らせる。その際われわれは注意ぶかくお互いの腰をなで、相手のボタンにさわる。その様子たるや、お互いなであいながら火傷しまいかとびくびくしているみたいだ。ふたりは何ひとつ滑稽なことも言わないのに笑いあう。ようやく腰を落着けると、今度はお互い頭を寄せあって、ひそひそ声で話しはじめる。どんなに好意を寄せあう仲でも、『お説の通りです』だの、『すでにお耳に入れましたように』だのといったあらゆるシナ風の勿体ぶった言回しで言葉を飾りたてねばならず、われわれのどっちかがうまくもない洒落を飛ばした時には破顔一笑せねばならぬ。打ち合せが終ると、同僚ははじかれたように立ちあがって、わが輩の仕事のほうへ帽子を振り振り別れのあいさつを言いはじめる。再びふたりはさわりあって笑う。わが輩は玄関まで見送りに出て、そこで同僚が毛皮外套を着るのに手をかす。相手はこの至上の光栄を何のかんのと言って辞退する。それからエゴールが扉をあけると、同僚はわが輩にお風邪を召しますよと抗議をし、わが輩はわが輩で通りまで送って行きそうなふりをする。そしてようやく書斎へ引きあげて来る時も、
あい変らずわが輩の顔は微笑を浮かべている。惰性にちがいない。
大学で三十年も勤務していれば同僚同士がどのように話をし、どのように振る舞うか、言わば舞台裏を毎日見ているようなものだから、ニコライ・ステパーノヴィチとその同僚の過度に慇懃なやりとりもしごく自然なものとして受け取れる。教授同士がたまに烈しくやりあうことはあっても、そんな喧嘩がながく続いたためしはない。意見の対立、確執はお互いの心の奥底へと密かにしまわれ、表向きは〈仲のいい〉者同士であるかのように振る舞う。ひと言で言えば、欺瞞のやりとりが臆面もなく展開されることになる。組織の中で、公然と対立関係が判明することは喧嘩をしている者同士にとって有利な事は何一つない。そういった対立・確執は大学内の政治屋たちによってうまく利用されるのがおちである。人間は三人集まれば二対一の派閥をつくり、なんだかんだと厄介なことをつくりだす。どうも人間というのは最初からそのようにつくられているらしい。こういった人間本来の性格を無視して、〈公平〉とか〈平等〉を大声で口にする者に限って、陰でこそこそひとの悪口を言ったりする。「これはここだけの話だよ」とか「これは内緒ですよ」・・とか、今まで何十回耳にしたことだろう。
老教授ニコライ・ステパーノヴィチとその同僚のやりとりから伺えるのは、彼ら二人は真の友情で結ばれた仲ではないということである。〈仕事〉で結びついた仲であるから、ビジネス上のつきあいはしても、それ以上にお互いの内部に踏み込んでいくことはしない。彼らはお互いに自分の領域に踏みこまれる事を予め拒んでおり、「私は私、あなたはあなた」というお互いの距離をきちんと守っている。彼らの慇懃な対応は、この相互不可侵条約を遵守するための外交上必須の気遣いと言えよう。こうやって大学の教授たちは自分の立場と地位を守るのだ。何しろ、大学を出て研究者として独り立ちするために学位を取得するほどの者たちは学生時代からこの自己保身的な処世の術を自然に身につけていく。指導教授に逆らったり、有力教授に睨まれなどすれば、どんなに優れた研究業績を残しても大学に残ることはできない。正規の研究過程を経ず、横滑りのかたちで教授になった者に、自己過信的な場違いの振る舞いをする者がまま見られるが、そういった言わば〈世間知らず〉のわがまま者もやがては組織の論理に組み込まれ、牙を抜かれた〈先生〉となっていく。教授会を見回せば、いたる所で「お互い顔を寄せあって、ひそひそ声で話」している場面を見ることができるし、そこではたいてい「シナ風の勿体ぶった言回し」を聞くことができるだろう。
さて、〈立派な指揮者〉の如く、名講義を展開できた老教授ニコライ・ステパーノヴィチですら、同僚に対してまるでパロディ小説に出てくるような過度に慇懃な対応をしているということは一種の驚きでもある。どんなに独創的な学者も、組織の中で長年生き続けていると、このようになってしまうということであろうか。六十二歳になるまでニコライ・ステパーノヴィチは、同僚の誰とも対立したり、憎しみあったりしたことはなかったのであろうか。
二番目の客は、老教授が不可をつけた学生である。老教授の試験をすでに五回受け、そのすべ
てに落ちた学生である。老教授は次のように書いている。
怠け者の学生が自分に有利なように持ち出す論法はいつも同じである。・・ほかの課目には全部りっぱに合格したのにわが輩の課目だけ落ちた、しかもわが輩の課目はふだんから一生けんめい勉強して、十分に知っているだけに意外だ、自分が落ちたのは何か不可解な誤解のせいではあるまいかというのである。
「気の毒だが君」とわが輩は言う。「君に及第点をあげるわけにはいかないね。帰ってもう一度ノートを読んでから、出直して来たまえ。そのうえで考えよう。」
間。わが輩は、学問よりもビールやオペラを愛するこの学生を少しとっちめてやれという気
になる。わが輩はため息をついて言う。
「わしはこう思うのだが、このさい君のとりうる最善の道は、医学部とさっぱり手を切ることだね。君ほどの能力があってどうしても試験に通らないとすると、つまり君には医者になる意欲も使命もないことになる。」
学生とのやりとりはまだまだ続くがもう十分である。この場面を読んでわたしは思わず苦笑いをしてしまった。まったく学生は昔も今も変わらないということだ。何度わたしは自分の学生から、この学生と同じようなことを言われただろうか。教授が学生に対してニコライ・ステパーノヴィチのように厳しく接したら、おそらく今の日本の大学では正規に卒業できる者が半数にも満たないのではなかろうか。たまたまわたしの所属している学部は芸術系であるから、多少甘くしてもそれほど他人に迷惑がかかるわけではないが、ニコライ・ステパーノヴィチの場合は医学部であるから、やはり厳しく対処する必要はあろう。しかしそれにしても同僚に対しては慇懃に対応、学生に対してはぶっきらぼうという所にこの老教授の性格がよく出てはいよう。
三番目の客は「新調の黒服に金ぶち眼鏡をかけた若い医師」である。
若き科学の使徒は、今年、博士試験をパスしてあと論文だけが残っているむねを、幾ぶん興奮
した面持で語りはじめる。わが輩の教室で、わが輩の指導で研究がしたい、論文のテーマを与え
てもらえるならまことにありがたいというのである。
「お役に立てれば嬉しいのだが、同僚」とわが輩は言う。「まず最初に学位論文とは何かとい
う点について、意見を調整しておこうじゃないですか。がんらい学位論文とは、自主的な産物を
まとめあげる論文である。そうじゃないですか? 従って他人のテーマと他人の指導で書き上げ
た論文は、学位論文とは呼ばない……」
博士候補者はだまり込む。わが輩はかっとなっていきなり立ちあがる。
「なぜ君たちは誰も彼もわしのところへ押しかけて来るんです?」わが輩はぷりぷりしてわめ
き散らす。「ここは店屋じゃないですぞ! わしはテーマを売ったりしません! 何百何千回、
君たちみんなにわしを静かにしておいてくれと頼んだか知れない! 乱暴な言い方で申し訳ない
が、わしはもうこりごりだ!」
(中略)
わが輩はここを先途とまくしたてるが、相手はがんとして口を開かない。とどのつまり、わ
が輩はだんだん静まって、当然のことながら降参をする。博士候補者はわが輩から三文の値打ち
もないテーマをもらい、わが輩の指導の下に誰にも必要のない学位論文を書き、退屈な公開討論
に堂々とパスし、不必要な学位を取得する。
学位論文を取得しなければ、研究者は大学においてしかるべき地位を得ることができない。制度的にそうなっている以上は、博士候補者は学位を取らなければならない。老教授は「学位論文とは、自主的な創造の産物をまとめあげる論文」という正論をはいている。もちろん老教授を来訪した博士候補者はそんなことは百も承知している。だから老教授が声を荒らげて説教しても無駄である。大学において博士論文を短期間に取得するためには有力な指導教授の指導下にあって、与えられたテーマについて書くのが最も手っとり早いのである。もし自主的な創造の産物に手をつけたら、それこそ一生かかってもまとめあげられるかどうかおぼつかないであろう。博士候補者はあくまでも、博士号を取得するために、名声と学識を有する老教授を来訪し、彼に指導を頼んでいるのである。ニコライ・ステパーノヴィチとて、同じようなプロセスを経て教授の地位を得たのであろうから、博士候補者の依頼を引き受けるのもいたしかたのないところである。
さて、ここでも叙述場面の〈時期〉が問題となる。六十二歳で余命半年と迫った老教授の〈現在〉が書かれているとすれば、この場面にリアリティはない。余命半年ばかりの老教授が学位論文の指導を引き受けることはあまりに無責任で不自然である。従って、この場面はニコライ・ステパーノヴィチの〈現在〉ではなく、彼の過去の或る時期の家での出来事を記したと見た方が納得がいくが、それならそれでそのように予めひと言断ってもらいたいという不満も起こる。
2004年06月09日
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