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チェーホフ『退屈な話』を読む(1) ...【タイトルをめぐって】
チェーホフ『退屈な話』を読む(1)
この小説のタイトルは『Скучная история』である。邦訳に『退屈な話』『たいくつな話』『わびしい話』などがある。わたしとしては『退屈な話』がいいと思うが、引用テキストは『わびしい話』(池田健太郎訳 中中公論社版チェーホフ全集8 昭和四十三年十一月)に拠る。скучнаяはскучныйの女性形で「詰まらない」「面白くない」「退屈な」といった意味の形容詞である。
Скучнаяを「わびしい」と訳すのは、訳者の一つの解釈であるから、いいともわるいとも言えないが、わたしはこの小説を読んでわびしさを感じることはなかった。小説のサブタイトルは「ある老人の手記より」となっており、この老人の手記がある種のわびしさを漂わせていると言えないことはないが、そういった解釈はかなり日本人的な感性によってとらえられていると思う。しかしわたしは、チェーホフの描いた老人の手記は〈わびしさ〉の境地に達していなかったと思う。わたしは主人公と作者を短絡的に結びつけようとは思わないが、チェーホフが二十九歳の若さで描いた六十二歳の老教授の主人公は、やはり〈わびしさ〉よりは〈退屈〉を感じている人間のひとりだと思う。〈わびしさ〉と〈退屈〉では、その言葉から受け取る印象はだいぶ違う。〈わびしさ〉は生きてあることの根源的な寂しさで、その寂しさを孤独のうちに静かに受け入れている心的様態を指している。〈退屈〉は、何か確かなことを求めているが、その確かなことがはっきりと掴めない宙吊り状態にあって、表面的には何もかも諦めているようなポーズをとり続けている心的様態を示している。
2004年6月 1日
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