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日野日出志「蔵六の奇病」を読み解く(2)...【タイトル頁を読み解く】
我孫子の知人で、日野日出志(以下、本分中では敬称は略する)の大ファンがおり、大学の講座で日野日出志が来るという話をしたら、ぜひサインを貰ってきてくれと頼まれ、彼から本(『日野日出志傑作選 怪奇のはらわた』講談社 一九九六年二月)を預かっていた。この本には「蔵六の奇病」「幻色の孤島」「はつかねずみ」「水の中」が収録されている。わたしが最初に読んだのはこの本である。そこで、まずはこの本の「蔵六の奇病」をテキストにして批評を展開して行くことにする。
タイトル頁、上部に「蔵六の奇病」の手書き白抜き文字、漢字にはすべてひらがなのルビが振ってある。漢字を読めない子供に対する出版社サイドの配慮と言えようか。漢字の下には汁(血液、精液、膿のような)が滴っている。中部右には障子が描かれ、そこには葉を落とした木が、不気味に枝を延ばしている。この木の枝はまるで神経細胞のようでもある。枯れ葉がシンボリックに描かれ、季節は〈冬〉である事を告示している。しかも、この〈冬〉は単なる季節上の冬ではなく、主人公における〈冬〉をも意味している。
画面下部にこんもりと盛り上がった布団と、その中に身を潜めたものの両目が闇の中に描かれている。布団はまるで苔かカビのように描かれている。つまり、この穴の中に身を潜めたものは、ずいぶんと長いこと、この布団の中に引きこもっているということである。しかし彼は、穴のような隙間から外界を覗き見ている。つまり彼は、完璧に外界を遮断しているわけではない。むしろ彼は、外界との接触を願っているにもかかわらず、ある何かの理由によって外へ出ることを拒まれた存在と言った方が適切であるかも知れない。
中央に黒点を打たれたまん丸の目は、決して彼が外界に関して敵意や恨みつらみを抱いた者のそれではないことを示している。全体にカビのはえたようなこんもりと盛り上がった布団は、言わば子宮(母胎)の隠喩であり、彼は胎内回帰をはたした存在とも言える。
しかし問題は、このカビのはえたような布団に象徴されているように、この胎内が彼にとって無条件に快適な空間足りえていないということである。彼の両目がしっかりと見開かれているということは、彼がこの闇の胎内において至福の眠りを得ることができなかったことを示している。
彼は、胎内(布団の中)に満足することもできず、かといって外界へと一歩を踏み出していくこともできない。その中途半端な状態において、彼は実に長い間、この布団の中に身を潜めていなければならなかったのだ。彼の実存は闇の直中にあって、身を竦め、立ち上がることができないのだ。彼の内的状態は障子に映った枯れ木の枝に象徴されている。彼の神経は研ぎ澄まされ、不安の直中に置かれ、怯えている。この男には、希望の光はどこからも射さないのか。誰か、この男に救いの手を差しのばすことのできる者はいないのか。
画面最下部に「日野日出志」という漫画家の名前が白抜き文字(約38級太ゴシック活字)で印刷されている。このペンネームは凄い。なにしろ〈日〉が二つもある。自分の存在に闇を感じ、その闇からの脱出を祈願する者でなければ自分のペンネームに〈日〉(太陽)を二つも付けたりはしないであろう。〈日〉が〈出〉るという〈志〉を抱いた闇の漫画家が日野日出志であり、カビのはえた布団の中に引きこもった主人公を助け出すことのできる者は、作者〈日野日出志〉しかいないのである。少なくとも、この漫画「蔵六の奇病」を描いた頃の日野日出志はそのように思っていたのではなかろうか。
暗い穴の中から覗く二つの目を描いたのは日野日出志である。つまり、この二つの目は真先に作者日野日出志の目を見つめたということである。作者、日野日出志がこの主人公を救わずして、いったい誰が救うというのか。が、しかし、作者はその前に「蔵六の奇病」という漫画作品を完成させなければならない。一枚のタイトル頁に描かれた、主人公の実存の、出口のない閉塞状況は、はたして打開されるのか。それとも依然としてこの闇と不安の閉塞状況から抜け出すことはできないのか。
2004年5月13日
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