つげ義春さんとお会いして(1)

マンガ論, ニュース

2003年8月10日(日曜)  調布駅前、喫茶「シャノアール」での三時間
八月八日、昼頃、つげ義春氏に『つげ義春を読め』(鳥影社 二〇〇三年八月)を送るために準備する。大きめの封筒に一冊入れ、ガムテープで封をする。宅配便で送ろうとしたのだが、つげ氏の電話番号が分からない。文芸年鑑を探すがこういうときに限って見つからない。イライラしながら、そうだ104にかけようと思いつき、さっそくかける。
「あ、もしもし清水ですが、『つげ義春を読め』ができましたので一冊さしあげたいのですが、ご都合はいかがでしょうか」
「え、き、今日ですか」
「よければ、直接お渡ししたいのですが、そちらへはどのように行けばいいんでしょうか」
「ええと、新宿から、京王線に乗り換えて、特急に乗りまして、各駅も出ていますけれど、途中、特急に追い越されますから、必ず各駅電車でなく、特急に乗ってください、調布駅に着いたら、進行方向に向かって後ろの方の出口に出て、進行方向の右側に出てください、するとすぐに電器屋の店があって、その二階にシャノアールという喫茶店がありますから、そこで会いましょう」
「分かりました、ぼくは今我孫子にいますから、これから出て、新宿へは二時頃着くと思いますので、新宿からまた電話します」
「うちからシャノアールまで自転車で五分くらいですけど、雨が降ったりすると歩いて二十分かかりますので……電車は必ず特急に乗って下さい」
宅配便で送るつもりが、急遽、つげ義春氏に直接会うことになった。今日は目覚めてから、ずっとつげ氏に直接会って渡した方がいいような気がしていたので、ああ、その通りになったなと自然に思った。
 
新宿駅に着いた、京王線ホームにたどり着くと、丁度14時ぴったりの特急があったので、さっそくそれに乗り込み、社内から携帯電話でつげ氏に連絡する。調布駅についてトイレに行きたくなる。トイレを探すと、それは進行方向の前の方にあり、仕方なく前に歩く。トイレを示す文字は書かれてあるのだが、どうもそれは駅の外にあるように見える。駅員にシャノアールをある場所を念のために訊くと、若い駅員は改札を左にでると交番があるからそこで聞いたらいいと言う。改札を出て、まずはトイレを探すが、トイレらしきものは見当たらない。どうやらトイレは改札脇の狭い通路を渡った所にあったらしい。時間もないので、交番に寄り、シャノアールを尋ねると、すぐに教えてくれた。歩いて一分もたたないうちに電気店があり、その二階に喫茶シャノアールがあった。階段を上り、ドアを開けると、五六メートル先の正面の席に、すでにつげ氏は座っていた。つげ氏の顔はすでに写真で知っているのですぐ分かった。軽く会釈して席につき、簡単に自己紹介する。バッグの中から『つげ義春を読め』を取り出し、つげ氏に渡す。つげ氏はさっそくペラペラと中身を見る。わたしはアイスコーヒーを頼むとすぐにトイレにかけ込んだ。戻ってくるときも、つげ氏はしげしげと本を覗いていた。
 話ははずんだ。初対面とはいえ、ここ十年の間、断続的につげ義春論を書きつづけていたので、なんか密度の濃いつきあいをしてきた友人のような気さえしてくる。顔はまさにゲンセンカン主人である。ひげの延び具合が、絶妙である。今日はたまたま体調が良いということであった。時間を心配したが、つげ氏はいっこうに疲れた様子を見せない。講談社から初期短編集四冊が出ているので、その点に触れると
「あれは初め全集を出すという話だったんですよ。けど断ったんです。出したくない作品もありますし。それに全集をだすとなると、時間をとられるし、息子の世話もあるので出来ないんです」
「それでは自分の出したい作品だけで、全集出したらどうですか」
「そうすると筑摩書房で出したのと同じになってしまうんで……」
「あの筑摩の全集、評判悪かったですね。近藤さんも、あの全集は酸性紙を使っているのでだめだと言ってましたが。つげさんの本、今度フランスやアメリカでも翻訳されるそうで、いよいよ世界に進出ですね」
「フランスは、ぼくの知っている人が訳すので許可したんですが、アメリカと韓国からの話は断りました」
「もったいないですね。つげさんの作品はフランスやドイツでは評判になると思いますね」
「アメリカの場合、どう訳されるか分からないですし、少し不安ですね」
「それなら知っている人に訳させたらどうですか。ぼくの弟子にも博士課程で勉強している優秀な人もいますし、そういう人に訳させていろいろ話ながらやったらいいんですよ」
「二人で訳せばいいのができるかもしれませんね」「昔、ぼくが二十歳の頃、ドストエフスキー研究家の小沼文彦さんの所へ出入りしていたんですが、彼がドストエフスキーを訳した頃はいろいろと言われたそうです。すでに米川正夫訳があるのになぜ新しく訳すのか、といった批判があったそうですが、小沼さんが次々にドストエフスキーを訳されてからはそういうことを言うひとはいなくなったそうです。いろいろあってもいいんじゃないですか。つげさんの作品の訳もいろいろな人が訳して、誰それ訳つげ義春ということでいいんですよ」

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。